高齢者運転問題と「安全対策」について

日々のこと

こんにちは、ロッソです。

以前から問題視されてきた「高齢者の運転、事故」問題ですが、ここ数年、更に注目されるようになりました。

やはり、高齢者による事故の多さが原因と言えるでしょう。

わたしとしては、「絶対的に事故は無くすべきだ」と考えていますが、正直、世間が騒いでいるような論争について語るつもりはありません。

 

ですから、この記事を書くのは、ずっと避けていました。

 

とは言え、一応クルマのブログを書いている以上は、一度はちゃんと向き合ってみなければなと。

ただ繰り返しになりますが、一律に「高齢者から免許を取り上げろ」とか、そういった話をするつもりはありません。

何事も「原因」があるから「結果」がある訳で、その原因について考え、事故が起こらないような対策をお伝えできればなと。

あくまで、わたしの意見ですので、「あっ、そういった考えもあるんだな」という程度で読んでいただければと思います。

一番の原因は「身体の衰え」

まず、高齢者の事故率が高い一番の原因は、誰が何と言おうとも「身体の衰え」だと言えます。

この身体の衰えには、もちろん神経系統の衰えも含まれます。

車の運転は、昔に比べて操作も簡単となりましたが、やはり身体機能が低下すると、いざという時の対処が遅れてしまいます。

これについては、誰も否定のしようがないでしょう。

 

一般的に、人間の身体機能は20歳くらいを頂点にして、あとは下降の一途となります。

 

「いや、じゃあアスリートなんかはどうなんだ?30、40になっても活躍する人もいるじゃないか」

と考える人もいると思いますが、実際的に言えば、こういったアスリートなどは、トレーニングを積み重ねる事でその「下降度合いを抑えている」というだけのお話。

 

要は、一般の人より「身体能力を落としづらくしている」という事ですね。

 

確かに、テニス界で言えばフェデラーなどは、もう40歳間近ですが、今でも第一線で活躍しています。

あれだけ激しいスポーツなのに、現在も活躍できるというのは、並大抵の努力ではないでしょう。

ただ、ここで考えて頂きたいのは、フェデラーは体力があるから強いのではありませんよね?動きとしては、昔の方が俊敏だったように思います。

彼の強さは、熟練した技術と、長年の経験による試合勘などといった様々な要素の結果であり、単に「体力があるから」という理由ではないはずです。

ですから、身体能力を落とさないようなトレーニングを続けていれば、ある程度の年齢までは活躍できるということになります。

40歳からは「さらに落ちる」

とは言え、科学的に言うと「40歳から、身体機能は更に下降する」というのが、厳しい現実です。

あのイチロー選手でさえ、40歳を過ぎてからあまり活躍できなくなりましたよね。

もちろん、野球選手で40歳を過ぎても活躍している人はいますが、その多くがピッチャーであることを考えると、野手での活躍はかなり難しい事がわかります。

「自分はいつまでも若い」と考えるのは、精神的にも大切だとは思いますが、こういった現実があると言う事も知らなくてはいけません。

トレーニングだけではどうにもならないの?

しかし、40歳を過ぎてからのトレーニングに意味が無いのかというと、そういう訳でもありません。

やはり、適度な運動は神経機能も強化してくれますし、運転時の速く的確な行動にも影響を及ぼします。

ですから、安全運転対策としての適度な「身体の」トレーニングは必要だと言えます。

しかし、これだけでは高齢者の事故を防ぐ方法として、十分だとは言えません。

というのも、車を安全に運転するには、これ以外の要素も必要となるからです。

 

ここで、「運転行動の3要素」という言葉を思い出してみて下さい。

 

「えっ?・・・知らない」なんて言わせませんよ。運転免許を持っている限り知っているはずです(笑)。

とまあ、偉そうに言っているわたしですが、この記事を書くまで、ほぼ忘れていたので皆様ご安心を(笑)。

さて、教習所で習った(はず)の、この「運転行動の3要素」とは、

 

認知 ⇒ 判断 ⇒ 操作

 

でしたよね。

例えば、「歩行者が近づいている」と認知し、「スピードを落とさなければ」と判断し、「ブレーキを踏む」という操作を行う事で、事故を防ぐという事です。

では、これを踏まえた上で、身体のトレーニングについて考えてみましょう。

 

トレーニングによって身体機能は向上しますが、これは「操作」において有効なだけですよね。

 

もちろん、認知力と判断力にも多少の影響を与えると思いますが、飛躍的な能力向上とまではいきません。

ですから、「自分はトレーニングを積んでいるし、まだまだ運転は大丈夫だ」というのは、少し危険な考え方なのです。

更に言うと、交通事故の発生原因のトップは、「認知ミス」であり、この認知力が低下していれば、どんなに体力があっても交通事故を起こす確率が高いという事なのです。

鍛えるべきは「体力」よりも「視力」

では、この認知力というのはどこから来ているのかと言うと、そのほとんどが「視力」だと言えます。

運転時における情報収集は、ほとんど目から入ってくる情報をもとにしていますよね。

もちろん聴力も大切ですが、この視力が衰えると、運転時の認知力が確実に低下します。

基本的に、免許更新時には視力検査が行われ、普通免許においては「両眼で0.7以上」「かつ片眼でそれぞれ0.3以上」なくてはなりません。

もちろん眼鏡をかけてクリアできれば良いのですが、免許の条件欄に「眼鏡等」などと記載されます。

 

ですから、運転において如何に視力が重要であるかがわかります。

 

わたし自身、免許に「眼鏡等」とは記載されていませんが、運転時には眼鏡をかけて運転します。

もともと視力は良くないのですが、免許更新時の視力テストには、いつも合格出来るだけというお話。

ですが、安全運転の為、自主的にいつも眼鏡をかけて運転しています。

また、ここでさらに重要なのが、運転免許更新時の視力テストは、「静止視力」のみとなっていますよね。

静止視力とは、要は「止まっているものを見る視力」という事。

しかし、運転時は、いつも動いているものを見なければなりません。という事は、静止視力よりも「動体視力」が最も重要な要素となる訳です。

動体視力は鍛えようがない?

この動体視力の重要性は国も理解していて、70歳以上の方が受講する事を義務付けられている「高齢者講習」においても、動体視力検査が導入されています。

静止視力に関しては、メガネやコンタクトレンズ、また最近ではレーシック手術など、様々な矯正方法がありますが、この動体視力というのは「これ」といった改善方法がないのが現実です。

 

ここで、再度イチロー選手について考えてみましょう。

 

彼は、今年(2019年)に引退しましたが、多くのファンは「早すぎる」と、現役続行を望んでいたと思います。

確かに、走力や守備を見ると、まだまだ現役でも活躍しそうに思えますよね。

しかし、(ここからはわたしの想像ですが)彼自身としては、ヒットが打てないという事が、引退を決意させたのではないかと思います。

もともとイチロー選手は静止視力は低かったようですが、動体視力は抜群に良かったそうです。

野球は、動くボールをバットに捉えなくてはいけませんから、動体視力はとても重要になります。

ですから、メジャーリーグにおいても、あれだけのヒットを量産したのでしょう。

しかし年齢を重ねるとともに、動体視力も低下してしまい、昔のようにヒットを打つことが出来なくなったのではないかと。

もちろん、ストイックに練習する選手として有名ですから、様々なトレーニングで対策はしたと思います。

しかし、そんなイチロー選手でさえ、動体視力の低下だけはどうしようもなかったのではと。

そう考えると、現状の医学や科学では、動体視力の低下を抑止する決定的な方法はないと言えるのではないでしょうか。

年を取ったら「必ず衰える」ことを自覚する

ここまでの内容から、どんなにトレーニングに努めていても、人間であれば「加齢によって必ず衰える」ことがよくわかると思います。

人間とは不思議なもので、頭の中では「自分は若い」と考えていても、実は身体はそうでも無いことに気付かない事がよくあります。

例えば学生時代、足の速かった人が、子供の運動会に参加して「よし、良いとこ見せよう」なんて、思いっきり走り始めたのも束の間、足がもつれて転んでしまうなんて事ありますよね。

子供に尊敬されるはずが、「お父さん・・・カッコ悪い」なんて、逆に白い目で見られる事に。

 

まぁ要するに、頭の中では「カッコイイ自分」をいくらでも想像できるのですが、現実はそうじゃありませんよと。

 

これを認める事が出来ない人、かなり多くいます。

ですから、高齢者の方が子供から「もう、危ないから運転止めて」なんて言われても、「何?私はまだまだ若いんだ」なんて事になるんでしょうね。

「あのイチロー選手でさえ」身体の衰えは受け入れるしかなかったことを思えば、我々一般人は、この事実を真摯に受け止めなくてはいけませんよね。

安全運転対策

こうして見てみると、「だったら、高齢者はやはり免許を返納すべきだ」なんて意見も聞こえてきそうです。

更に言うと、高齢になればなるほど、認知ミスだけでなく判断ミスも起こりやすくなるというデータもあります。

という事は、高齢者が車を安全に運転するための対策が無いようにも思えますが、多少の対策はあります。

そこで、それぞれについて見ていきましょう。

視力対策①

まずは、視力対策として、メガネ、コンタクトレンズなどの矯正用具を使用する事。

 

これ、当たり前のように思いますが、意外とやっていない人、多いです。

 

わたしからすると理解できないのですが、「邪魔である」とか、「格好悪い」などという理由で使用しない人もいるのだとか・・・。

それならば少なくとも「レーシック手術」の検討を考えたほうがいいでしょう。

どれも「静止視力対策」ではありますが、これだけでも幾分認知力は向上します。

視力対策②

お次も視力対策として、サプリメントを服用するという事。

例えば、ブルーベリーなどは昔から目に良いとされる食べ物で、その理由は、ブルーベリーに含まれる「アントシアニン」という物質が、視力回復に役立つからだとされています。

例えば、ブルーベリーのサプリメントであれば、下記のようなもの。

 

10,000,000袋突破「北の国から届いたブルーベリー」

 

しかし、医学論文によっては、肯定的な内容と否定的な内容が両方あるので、確実に効果があるとは言えません。

実際、わたしの知人の医師に聞いても、「良い」という人と「効かない」という人がいるので、よくわからないところです。

ただし、ブルーベリーは、肝臓や腎臓の機能を高めるといわれているので、あながち的外れではないとも言えるでしょう。

また、この「アントシアニン」に注目するのであれば、ここ数年人気なのが「アサイーベリー」かもしれません。

 

【フルッタフルッタ】
本場ブラジルの濃厚アサイーでおいしく健康な毎日を

 

アサイーベリーは、ブルーベリーに比べ「アントシアニン」が約5倍含まれていると言われています。

ただ、どちらを選択するにしても、視力を飛躍的に向上させるわけではなく、本来の自分が持つ視力まで戻してくれる効果があるというだけですので、過剰な期待はしないほうが良いでしょう。

ウォーキング

出来れば、高齢になってもジムなどに通い、筋力トレーニングなどに励みたいところですが、ハードなトレーニングは、むしろ逆効果の場合もあります。

疲ればかりが蓄積してしまい、いつもよりも集中力が低下してしまう恐れがあるからです。

 

とは言っても、多少の運動は必要ですから、最低限「毎日30分以上のウォーキング」をするのは効果的だと言えます。

 

ウォーキングの良いところは、程よく全身を使う事もそうですが、何よりも歩くことにより脳が刺激されるという効果があるようです。

多くの医師が適度なウォーキングを推奨するのは、こういったことも関係しているのですね。

ウォーキングをすれば、体力の向上とともに、判断力、認知力の向上にもつながるので、高齢者の方だけでなく、多くの方に実践してもらいたいところです。

最終手段

以上の事に努めているならば、一律に「高齢者だから運転してはいけない」などという話にはならないと思います。

しかし、そういった努力もせずに、「自分だけは大丈夫」という考えで事故を起こす人がいるというのも事実です。

例えば、あなたの両親が高齢であり、「何とか運転をやめさせたい」と考えているとします。

あなたが上記の方法を提案したとしても、「そんなことしなくても大丈夫だ」なんて言うかもしれません。

 

まぁ、親って、子供の言うことほど素直に聞きませんからねぇ~(笑)。

 

とは言っても、あなたからすれば、何か起こってからではどうしようもありません。

ですから、最終手段というか、最大限の譲歩ということで「監視システム」を導入する事で、折り合いをつけるのはどうでしょうか?

例えば、下記の「スマートドライブ」というシステム。

 

 

このシステムは、車に簡単なデバイス(装置)を取り付ける事で、「今どこにいるか」「どんな運転をしているか」などを、スマホやパソコンなどで確認する事が出来ます。

デバイスと言っても、車のシガーソケットに差し込むだけの簡易なものですので、取付けに専門的な知識も必要としません。

「親を監視するつもりか!?」

なんて怒るかもしれませんが(笑)、少なくともお互いの妥協案として提示するのも良いのではないでしょうか?

まとめ

如何でしたでしょうか?

まだまだ書き足りない部分はありますが、とりあえず今回はこの辺で。

最終的には、免許の返納という手段にはなると思うのですが、それ以前に努力できることもあるのかなと。

 

例えば、この問題は日本だけに起きている問題ではなく、アメリカなどでも問題視されています。

 

アメリカは日本より国土が広く、田舎に行けば行くほど車は生活に欠かせなくなります。

高齢者の親を持つ子供世代からすると、「運転はしてほしくないけど、生活に困るだろうし・・・」と、かなりジレンマを抱えているようです。

何も高齢者の肩を持つわけではありませんが、一律に「高齢者だから」「何歳以上だから」と区切るのではなく、さまざまな角度から、事故を無くすための解決策を考えていってみてはどうでしょう。